今日も朝から気持ちのよい青空が広がり、気分の良い一日のスタートだ
午前8時、舞鶴駅前でレンタカーに乗って出発する
まずは舞鶴市街を二分する五老岳に登ってみる
高さ50メートルのスカイタワーはまだ営業前の様子

展望台下からも、西舞鶴湾の眺望を楽しむことができる
海岸線が複雑に入り組んでおり、天然の良港になっている

東舞鶴方面は逆光なのと、前山が立ちはだかって少し分が悪い
海上自衛隊の基地も全く見えないが、タワーに登ってどれほど眺めが広がるのか、興味深いところだ
遠景には、これから向かう青葉山が肩を張って屹立している

今日最初の訪問は、東舞鶴郊外の金剛院
関西方面ではかなり有名な紅葉の名所のようである
去年の夏、奈良博の「天竺」展で快慶の深沙大将を見て、是非とももう一体の金剛力士を見たくなった。宝物館は予約拝観とのことで、前日にアポを取っておいた
8時40分頃、少し早いのですが…と庫裏を訪問すると快くカギを開けてくれ、後は放置状態。快慶作の小像二体は入口脇のそんざいなガラスケースに仲良く並んでおり、その由緒と価値とは裏腹に、何か骨董品屋の店先のような雰囲気だ
正面のひな壇には阿弥陀坐像を中心に、真っ赤な仁王2体と四天王2体が並んで壮観である。そう長居をするような空間でもないので退出し、庫裏でお礼を言って本堂へ向かう
著名な三重塔は参道に近すぎ、かつ川と山に挟まれて距離も取れないので写真にしづらい。周りはうっそうとした広葉樹林帯で、紅葉のときの賑わいが容易に想像できる

急な石段の上は広場になっていて、ここに本堂があって内陣も拝観できる
よく見ると向拝にかかる虹梁がひん曲がり、えらいことになっている

時間もあまり無いのだが、車に乗って寺地の川を挟んだ散策路を少し行ってみると
ちょっとした公園風になっていて、なるほど紅葉の写真はこのあたりから撮っているのかと納得する

強引だが、八重桜とも絡めてみる

紅葉の頃は言うまでもないだろうが、新緑もなかなかのものである
他に人の気配もしないので、一人でこの絶景を満喫する

思いがけなく素晴らしい新緑風景を出会えたので、次の巡礼地・松尾寺に向かう

西国二十九番札所の松尾寺へ向かう林道入口には、「この先通行止め」の看板が
確か道は治っているはずでは?と思ったが、途中で引き返すのも嫌なので
念のため福井県側の迂回道を辿っていく
松尾寺本堂脇の駐車場はハイカー、というよりも本格的登山の格好をした人がいっぱいで、聞けばこちらが青葉山の登山口になっているという

登山客も山に入る前、本堂でお参りするのがお約束らしく、結構賑わっている
本堂前のお馬さんはなかなか精悍な体躯と顔つきがサラブレッドのようだ
競馬関係者(馬券を買う側も含めて)の信仰が篤いのも頷ける

忘れかけていたが、真新しい宝物館に800円を払って入場する
中は一室のみだが、学芸員さんが丁寧に応対してくれる
今日は国宝の普賢延命像が展示されているが、宝物館前にはそれを示唆する掲示も無く、商売っ気はあまりなさそうだ
大枚はたいてまで中を見学するのは、よほどの物好きか私のようなマニアに限られるようで、こちらの理解レベルに合わせて話をしてくれるのが有難いし、気分も良い
昨日の古文化協会の解説とはえらい違いであるが、彼らにもいつかはこうなってほしいと思ってしまう
普賢延命像は東博か京博の特別展で見たはずだが、記録が無くあまり記憶にもない
今後は貸し出しもあまりしないとのことで、今回ちょうど日程が合ったので訪問となったが、こちらもじっくり見れて有意義な時間を過ごすことができた
山門の仁王様も修復後、宝物館に展示されている。よくある話だが運慶作との伝承があり、解体時に期待も高まったが、あらら残念、銘文は出てこなかったそうである
プロポーションはどちらかといえば荒削りだが、でもよく見ると両腕の振り方や造形はちょうど昨日見た東大寺南大門のそれに似ている気がした
また指摘されるまで気がつかなかったが、奥にはアン阿弥陀仏の銘の入っているという阿弥陀様が座っていた。さっきの金剛院といい、京都をはるか離れたこの地にも、慶派の痕跡があちこちにあるようだ

松尾寺で予定時間をだいぶオーバーしたが、10分ほどで中山寺に到着する
ちょうど別の参拝客が本堂に入るところで、一緒に見学させてもらう
今回の舞鶴・若狭訪問の最大の目的がこのお寺で、2年間続いた馬頭観音さんの開帳も来月に終幕を迎えるのだ
小学生の夏休みの宿題のようであるが、いつでも見れるからいいや、と思っていて、本当に駆け込みでの見学となってしまった

内陣には入れないものと思っていたが、ひとしきりの説明のあと、ご本尊の目の前からも見学させてくれた。おまけに本堂の照明を消して、下からの光で表情が変わるところも見せてくれるサービスも
ご本尊はご覧のとおりの憤怒面であるが、見方によっては笑っているようにも見えるという
要は見る人の心にやましい部分や迷いがあるかで、仏さまは怒ってもくれるし笑ってもくれるんです、とのことで妙に納得してしまった
期待に違わぬ素晴らしい仏さまで、これを逃すと33年後だから、はるばる来た甲斐があったというものだ

さてここからは一旦内陸部に入り、綾部市の君尾山光明寺に向かうことになる
東舞鶴から高速のインター方面へ南下し、ちょっとした峠道を越えて「あやべ温泉」の看板を辿っていく
さらに畑しか見当たらない小道に入り、山に突き当たると狭い林道に突入、ナビに従ってはいるが、本当にどこへ行ってしまうのかと不安になりながら10分くらい走り、ようやく少し開けた終点に到着する
富士山あたりの感覚で言えば、焼山林道を登った終点の湯ノ沢峠にお寺がポツンとあるようなものだ
終点からはすぐに光明寺の庫裏があるが、人の気配はない
とりあえず石段の先に本堂の屋根が見えるので上がってみる

本堂周辺は掃除や手入れが行き届いているようで感心する
正面からお堂の中を覗いてみる。暗くてよくわからないがお厨子は閉まっているようである

庫裏の前の広場に戻ると、はるか下に目的の仁王門のような建造物が見える
登山道のような道を下っていくと、ようやく国宝の仁王門が姿を現してくれた


ここまで長い道のりだったが、ようやく辿り着くことができた
京都府北部唯一の国宝建造物「光明寺仁王門」である
冬場は到達不可能なようだし、夏は暑いし、秋は他に行きたい所が多いし、
それで新緑のこのシーズンを選んで正解だった

人里はるか離れた山深いこの地で、落雷にも遭わず、風雪に耐えながら800年近くも建ち続けているのは本当に奇跡ではないかと思う
「最も公共交通から隔絶した国宝建造物」…対抗: 播磨朝光寺
「最も拝観者の少ない国宝建造物」…対抗: 冬季休業の三仏寺
「最も放置された国宝建造物」…対抗: 強いて言えば羽黒山か
私見ではあるが、この3タイトル制覇は間違いないであろう

軒先の出は深いものの、冬は相当の積雪があるのであろう
戦後の解体修理時に塗られた朱も剥がれ、柱の下回りは相当傷んでいるようだ

面白いのは仁王さまの立ち位置で、普通なら奥行き二間ある柱間の手前側で守りを固めているものだが、こちらでは手前には賽銭箱以外何も無く、仁王さまは奥に引っ込んでいる。やはり手前にいたのでは、冬場の風雪に耐え切れないのだろう
文字通り、なんとも奥ゆかしいお二人である

門の内部は天井板もなく、入り組んだ小屋組みがよく見えるが、全体に大雑把な作りだ

柱には落書きの痕跡もあって痛ましい限りである

他の寺院なら再訪もありえるだろうが、ここにはまず二度と来ないだろうと思い、丹念に眺めてから寺地を後にする
往路では気づかなかったが、林道のすぐ脇からも仁王門の姿が見える
本当に山深いところに建っているのが、お分かりいただけるだろう

これで一応、京都府の国宝建造物も残り1件、あの龍光院だけとなった
普通なら見るチャンスは無さそうだが、今回の法性寺のこともあるし
気長に待っていることにしよう
今日の日程は大体こなすことができた
後は帰りの特急発車時刻まで、天橋立周辺の観光に向かう予定だ
山を降りて綾部市街方面に走り、再び高速に乗る
真新しい道路が続き、去年開通したばかりの終点、与謝野天橋立インターから府中方面に向かう
途中、成相寺への林道に分け入ってお寺の前で500円の入山料を支払う
この更に上部に展望台があるが、HPでは通行止めとなっているものの
ほぼ工事が終わったようで今日は通行できるとのこと
参拝の前に、まずは展望台へと急坂を登っていく
海沿いの道路から一気に500メートル登ったこちらが成相山展望台からの絶景である

記念碑に「日本一」とあるのも、まんざらではないと思う

林道をお寺まで下り、西国第二十八番札所の成相寺を訪れる
連休初日の好天であるが、参拝客はそれほど多くない
本堂の石段下には、ひとことだけ願いを聞いてくれるというお地蔵さんが立っていらっしゃる

こちらのご本尊も三十三年に一度のご開帳で、次は2038年という
3年前の特別開帳は?と尋ねると、あれはノーカウントとのことであった

おなじみ「伝」左甚五郎の龍であるが、ドラゴンボールのシェンロンのようで愛嬌がある

続いて成相山麓の丹後一ノ宮、籠神社を参拝する
境内は広く、掃除が行き届いていて清らかな気分になる

ラストは天橋立駅近くの智恩寺を訪れる
日本三文殊のひとつ(自称三文殊が各地にあるが)で、
智恵を授けてくれる仏さまとして人気がある
いかにも観光寺院らしく、本堂では様々なグッズを売っていて目移りする
ご朱印も手際よく書いてもらえるが、こちらを訪問するのなら、先月行った安倍文殊院の隣のスペースを空けておくべきだった

雪舟の天橋立図に描かれているかどうかで注目される多宝塔
建立は1501年で、その当時の雪舟は八十歳台になってしまう
山下教授言うところの「雪舟のチビ太のおでんみたいな塔」は別の以前建っていた塔で、この多宝塔の建立以前に描かれた、という説が注目されているようだ

可動橋を渡って橋立を歩いてみる
文字通りの白砂青松で、青い空と海とのコントラストが印象的だった

こちらも「天橋立図」に描かれているお地蔵さま2体
絵の中では人生ゲームのコマのようであったが、左のお地蔵さまは顔が風化して、確かに良く似た雰囲気であった